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ストーリー

プロローグ

「ふう~終わったー!」

細かい作業が続き縮こまった体を伸ばすため、少年は両手を大きく広げた。
絹糸のような銀色が混じった翠髪の少年は、天青石のように澄んだ水色の瞳を潤ませてあくびをした。
少年は名をセレスタン・クリノクロアといい、セレンと呼ばれている。 
「もう終わったの?」
隣で作業をしていた少年が訝しんで聞いた。
金髪に黄水晶のような明るい瞳の色をした少年は、
セレンと一緒にランプ工房で働く同僚で、名をシドニー・コリントという。
「これくらい、当然さ」
「仕事が雑すぎやしないか」
胸を張るセレンに対して、少し先輩のシドニーは納得がいかないようだった。
「師匠に認めてもらったんだ。間違いないよ」
「これでいいんですか、先生」
「品質的には問題ない」
少年達が師と仰ぐ青年は、きっぱりと言った。
黒髪に黒水晶のように底光りする瞳を持つ青年は、名をエジリン・モーリオンといい、エーギルという愛称で呼ばれている。
「ということは、100点ではない訳ですね」
完璧主義のシドニーは、師の言葉に反論した。
シドニーが師であるエーギルに臆することなく意見を言えるのは、二人が従兄弟だからというのもあるだろう。
「……そうだな。詰めが甘い」
見た目は全く似ていない二人は、職人気質という点では似ていた。
「そんな、やり直しですか?」
「いや。納期もあるからな。これでいい」
セレンの懇願するような目を見てなのかどうか、エーギルは合格を出した。
「妥協するんですか」
強情なシドニーに、セレンも黙ってはいられなかった。
「いつまで経っても完成しないのもどうかと思うけどなー」
そんな二人を見かねて、最年長のオルバーン・ウッドがやんわりと言った。
「二人の出来を足して割れば丁度いいんじゃがの」

ウルバンという愛称で呼ばれている老人は、工房設立当初から職人をやっている、「生ける伝説」だ。
「お前達はもっと、速くて良い仕事ができるように心がけろ」
エーギルが火花を散らせている二人の弟子を諭すように言った。
「はい!」
口数の少ない師の教えを聞きとろうと弟子達は耳を傾ける。
結局、最後には二人とも師の意向に従うのだった。
「もうすぐ仕入の時期じゃからな。エーギルの分まで頑張ってもらわにゃいかん」
材料である輝星石を仕入れる時期が訪れようとしていた。
「結晶大地の調査ですか」
調査とは、輝星石が採れる結晶大地を探すための旅に出ることだ。
職人が仕入の工程に関わる事は異例であったが、エーギルは調査班の仕事も掛け持ちしていた。
彼がいない間、職人班は一人減ることになる。
「いいなあ。おれも行きたいなあ……」
深刻な表情のシドニーとは逆にセレンは呑気に言った。
「これは遊びじゃない」
「知ってますよ!仕事を遊びだなんて思ったことありません。
 おれは調査班に入って、世界を旅するのが夢なんです」
師匠に子供扱いされたと思ったセレンは、むきになって言った。
「そういう好奇心で旅をすると痛い目見るよ。僕の父親みたいに」
シドニーがセレンの夢を打ち砕くように冷たく言った。
「シドニーの親父って……」
「結晶大地を探す旅の途中で死んだ」
エーギルが厳しい顔をしている。喜怒哀楽をあまり表情に出さない彼にしては珍しい事だ。
シドニーの父親はエーギルの叔父にあたる。何か事情を知っているのかもしれない。
「あの頃はまだ結晶大地に至る方法が確立されておらんかったからのう」
ウルバンも昔を思い出すような遠い目をしている。

「今だって確実とはいえないでしょう。危険であることには変わりないんだ」
シドニーは旅に出る事に反対なのかもしれない。
「だったら、師匠だって危ないんじゃないですか」
セレンも不安になって聞いた。
「心配ない。エーギルは探索においても達人じゃ」
ウルバンが断言したので、セレンは改めて師匠の偉大さに感心した。
「やっぱり、師匠は完璧ですね!」
その言葉に表情も変えずに、師は生真面目に答えた。
「完璧な訳ないだろう。この仕事に完璧はない」
セレンより遥かに多くの経験を積んできた師がそう言うのだ。気が遠くなる思いがした。
「師匠でもまだまだっていうなら、おれなんていつ一人前になれるんですか!」
頭を抱えるセレンにウルバンが問うた。
「うむ……、セレン、お前は本気で旅に出たいのか?」
「はい!」
ウルバンの言葉にセレンは目を輝かせて、間髪をいれずに返事をした。
それを聞いたウルバンは、にんまりと笑った。
「なら、いっその事セレンを連れて行ったらどうじゃ、エーギル」
「ええっ!?」
驚きの声をあげたのはシドニーだった。
「……俺の時とは随分と違いますね」
エーギルも意外そうな顔をしている。
「ほっほっほ。その時は職人班と調査班を兼業するなぞ、前代未聞じゃったからのう」
ウルバンが笑いながら言った。
「旅に出て手を怪我した時、師匠にブン殴られたな。職人にとって手は命より大事なんだぞ、ってな」
懐かしい話に、エーギルは表情をゆるめた。
「師匠の師匠って、ウルバンじーちゃんが!?」
「昔は、『鬼のオルバーン』なんてあだ名もついとったのう」
「想像できません」
これには、セレンもシドニーも目を丸くしている。
「エーギルはおぬしらよりずっと小さい頃から職人として働いておった。
 愛想はないが、頑固で負けん気が強くて辛抱強い子じゃったよ」
「そういう話は俺が死んでからして下さい」
「わしが天寿を全うするのとどっちが早いかのう、ほっほっほ」

二人の冗談を真に受けたシドニーが眉をひそめた。
「そんな危険な旅にセレンを連れて行くんですか?」
「おお、心配してくれるのか?」
「君が行っても、足手まといだって言ってるんだ」
「じゃあ、旅に出るのが羨ましいんだな?」
「羨ましくない!僕は旅なんか出たくない」
セレンとシドニーの噛み合わない会話を聞いて、ウルバンは笑みを浮かべている。
「案ずることはない。エーギルがついとるからな。それに、旅を通して気づく事もあるじゃろうて」
エーギルはセレンの目をひたと見据えた。
「……本当に旅に出る覚悟はあるのか」
漆黒の瞳の奥に強い光が宿っている。
中途半端は許されないと感じた。
「もちろんです!」
セレンもそれに負けない瞳の輝きで応えた。
「俺は自分の仕事をやるまでだ、それでも来るか、セレン」
「ええ、どこまでもついて行きますよ、師匠!」

ーーーーかくして二人の旅は始まったのであった。

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